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住職のブログ

『サッカー』×仏教『自利利他』

  • 主観的仏教度:★★★☆☆(星3つ)

    2015.03.05

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    サッカーの試合を見ていると、どちらのチームが攻めていて、どちらのチームが守っているのか分からなくなるときがあります。戦術がとても複雑なようです。
    強豪チームと対戦するときは、守りに徹していては勝つことはできず、攻めに比重を置きすぎても、あっさりと失点し、敗退してしまいます。
    攻めと守りのバランス感覚が重要に思います。
    ところで、心が安心し穏やかな生活をしたいとは、多くの方が望むことです。そのようになるためには、どのような心持ちで生活をするとよいでしょうか。
    自分のやりがいのある仕事に就くこと、自分の趣味をふやして楽しむこと、貯金をして経済的な安心を得ることなど「こうなったら自分は納得できる良い生涯が送れるのではないか」と考え、自分に問いかけていくと、いろいろな方法論があるように思います。

    仏教ではこれを自我と言います。
    自我に執着することは、迷いの道に入ることです。

    それでは、自分の趣味をして過ごしている楽しい時間やお金を貯めて好きなものが買えたときのあの喜びは偽物なのかというと、そうではありません。
    貯金を例に挙げると、お金をためることが目的ではなく、何に使うかが大切です。
    命を例に挙げると、命を守り無理をせず安全に生活するのではなく、時には冒険し、時には挫折する中で、どう生きていくかが大切です。
    自分という世界から少し抜け出すことで、自分の周りにいる人が見えてきます。
    自分という狭い世界だけに執着するのでなく、周りの人とともにいる自分という視点に少しかえていくことで、自分ひとりではどうしようも越えられなかった壁が、あっさりと越えられることもあると思います。
    このような自分と他人との関係は、サッカーで複雑に繰り返される攻めと守りの関係に似ていると思います。
    攻めに徹したから勝てるということはないように、自分を犠牲にして他人のためにやってあげたんだから感謝や見返りがあるとはなりません。
    これが自利利他(じりりた)です。

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