メニュー

住職のブログ

『じゃがいも』×仏教『修行道場』

  • 主観的仏教度:★★★☆☆(星3つ)

    2015.05.28

    未分類

    shapeimage_2-9

    在家(ざいけ:お坊さんでない人)の人でも、悟り(心の安心)を得られると、日本に伝わっている仏教の多くの宗派が説いています。
    悟りにいたる方法は、宗派によって異なるところですが、禅宗では日常生活へ取り組む姿勢を大切にしています。
    それは、朝起きて顔を洗い、朝食をとり、仕事に行き、帰宅、入浴して睡眠する等の動作一つ一つを、集中しておこなうことが大切ということです。
    明日や明後日のことを考えながらするのではなく、今この瞬間のことに全身全霊打ち込むということです。

    つまり、
    日常生活を営む皆さんの家庭が修行道場です。
    仕事をしている人は、仕事場も修行の場です。
    お子さんがいるときには家庭が教育の場です。

    修行生活はじゃがいもを洗うようなものです。沢山のじゃがいもを洗うとき、ひとつひとつ丁寧に洗うより、すべてのじゃがいもをバケツに入れて水のなかでゴロゴロまぜてやります。そうすることで、余分な土よごれは落ちていきます。

    修行生活も、沢山の人と自分がぶつかり合うことで、自分のなかにあった自我が自然と落ちていきます。
    人間性を磨くということはじゃがいも洗いと一緒なのです。

    自分ひとりでいては、自分のいいところ、悪いところ、嫌なところはわかりません。沢山の人と関わることで、自分を知ることができます。
    自分を知るということは、人間の心の働きを知るということですから、人を大切にすることができます。

    自分と他人とが相互に成長しあう関係性ということです。

    要は、修行仲間を大切にするということです。
    子どもには、友達を大切にしろと教えるだけです。

全ての記事一覧