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住職のブログ

『ラーメン』×仏教『悟り』

  • 主観的仏教度:★★★☆☆(星3つ)

    2015.06.28

    未分類

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    数年前を思い起こすと、大好きなラーメンを食べに行く時には友達に電話をして「このあたりで美味いラーメン屋おしえて」というやりとりをしていました。
    また、おしえた相手からも「美味い飯屋をおしえて」と連絡があったものでした。
    そのやりとりも今は回数が減り、「ぐるなび」で調べたり、店のHPをみたりして美味しいラーメン屋を探しています。
    スマホを使えば、隅から隅まで情報が検索できるようになったので、便利になりました。

    身の回りに携帯電話やPCのある生活が当たり前になり、そのほかの電化製品も充実しています。
    そこで、家の中が電化製品ばかりでは味気ないと思い、PC横には小さなサボテンが置いてあります。
    自然が恋しくなるのは、人のこころの働きでしょうか。

    悟りをえたお坊さんは、その境涯について多くを語らず、詩や歌や絵にしています。
    おおくは、「自然」の動きに「自分の境涯」を重ねているようです。
    お釈迦さまの悟りの境涯は、次の短い言葉です。
    「山川草木、悉皆成仏」
    (さんせんそうもく、しっかいじょうぶつ:
    山も川も草も木もすべてがありのまま生きている。植物は秋に葉を落とし、冬の枯れ木からまた春になると次の芽をだして生き生きとしている。この大自然の働きから外れて、迷っているのは、人間だけではないか。)

    どれだけ自然から離れた暮らしをしていても、今日生きられるのは「自然」と「人間」が深く「縁」によって繋がっているからです。
    大きな視点からみると、人間も自然の一部ということのようです。

    人のこころに湧いては消えていく迷い、不安、喜びも、こころが自然に働いている証拠です。
    春夏秋冬と自然がうつりかわるような心象風景で、日々過ごしていくことが大切に思います。
    自然体のありのままのこころであれば、何も迷うことはななく、いろいろなことがそれらしく、そのようになっていくということでしょうか。

    一杯のラーメン。一鉢のサボテン。自分。

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